2024年6月9日 説教テーマ「主が望む者たち」

さて、イエスが山に登り、ご自分が望む 者たちを呼び寄せられると、彼らはみもとに来た。 マルコの福音書3章13節  イエスが遣わされた目的は、神の国が近づいたため、人々に悔い改めて福音を信じるように宣べ伝えることです。人としてのイエスの働きには限りがあるため、働き手をお選びになり ます。イエスには多くの弟子がいましたが(ヨハネ6:66,67)、ここで十二人を使徒として任命されました。「使徒」とは「遣わされた者」という意味があり、イエスの復活の直接的な目撃者のことを言います。その目的は宣教です。任命とは一般的に目上の人から官職や役目に就く ように命じられることを言いますが、聖書の「任命」はそれとは違います。「造る」という元の 意味があり、つまりイエスが十二人の使徒を造られたとなります。彼らの能力を見出したり、 引き出したりするのではありません。その使命を果たすのに必要なすべてをイエスが造り出すのです。いわば、新しい者を造ると言ったほうがふさわしいでしょう。クリスチャンとしての スキルを上げるという努力は無用ということになります。 イエスはその任命のために「山に登」られました。これは群衆から離れて、一人祈るためです。ルカの福音書の並行記事には、イエスが夜を徹して祈られた結果、あの十二人をお選びに なっているのがわかります(ルカ6:12,13)。イエスが「望む者たち」を選ぶための祈りです。 望む者とは、彼らには資質や能力がなく、誇るべきものが何もない者です。この選定基準を 信じることができますか? イエスは彼らを、福音を宣べ伝える者として、悪霊を追い出す権威を授けつつ遣わします。しかし、遣わす前に彼らを「ご自分のそばに置く」という大事なことをなさいます。イエスの傍らに常に置き、みことばを間近で聞かせ、イエスのみわざを見せる。使徒としての働きはそこ から始まっています。私たちは使徒たちの後を歩んでいる者です(使徒2:42、エペソ2:20)。 私たちも家族や友人たちに何とか福音を伝えなければと焦ります。そうであればなおさらのこと、イエスの選定基準を思い出してください。そして、遣わされる前に、まずみことばを聞く ことに徹してください。