しかし、主は、「わたしの恵みは、あなたに十分である。というのは、わたしの力は、弱さのうちに完全に現われるからである。」と言われたのです。ですから、私は、キリストの力が私をおおうために、むしろ大いに喜んで私の弱さを誇りましょう。
Ⅱコリント12:9
Ⅱコリント12章9節
人は普通、自分の強さを誇ります。競争社会で勝ち抜くためには当然の生き方でしょう。しかし、イエスキリストを信じてクリスチャンになると、生き方が変わります。弱さを誇るようになります。パウロはそれを繰り返し語り、しかも堂々と語ります。「…弱さ以外には誇りません」(12:5)「喜んで弱さを…」(12:9)その理由は、キリストの力が弱さのうちに完全に現れるからです。キリストの力が最も現れたところが十字架です。「十字架のことばは…神の力です」(1:8)キリストの十字架が何ゆえに力なのか?だから、教会は十字架を掲げるようになったということになるわけですが、ただ、十字架は死刑判決を受けた者のローマの特別な処刑法です。イザヤ53章3-12節には、イエスの十字架の預言が記されています。「さげすまれ、のけ者にされ、刺し通され、口を開かない、激しい苦しみ」など、十字架上のイエスは弱さでしかありません。当時無罪判決が言い渡されたにもかかわらず、イエスをねたむ者たちの執念で無惨にも十字架刑となってしまったのです。この処刑が特別なのは、人権を完全に無視した処刑だからです。本来死刑は死刑囚といえども、人間なので、人権を尊重して、誰も見ていない所で、なるべく苦しまずに息絶えさせるというものです。しかし、十字架刑は、手首、足首に釘を撃ち抜かれて木に掲げられます。すぐに死亡させないために麻酔効果のある酸いぶどう酒を飲ませられます。その目的は、町のだれもが見物できるためです。通りがかった人たちが「顔をそむけるほどさげすんだ」と預言されたとおりのことが起こったのです。「激しい苦しみ」というのも、肉体以上に、人格を破壊するほどの恥と侮辱を受けるのです。それでも、何一つ無罪の弁解をすることなく、「口を開かない」のがイエスだったのです。
なぜ、罪のないイエスが、激しい苦しみを伴って十字架を負わなければならなかったのでしょう?それは「多くの人の罪を負った」からです。これがキリストの弱さです。徹底的に弱くなられたことで私たちの罪を負うことが出来たのです。罪を負われたので、私たちの罪をお赦しになったのです。キリストだけが罪を赦すことが出来ます。これがキリストの力です。死んで葬られたキリストは、三日目に死者の中からよみがえられました。更なるキリストの力です。救いと赦しと永遠の祝福を与えることのできる力です。私たちも、自分の弱さのうちにこそ、キリストの力が現されます。弱さゆえに低くなり罪を赦すことができたキリストの力が現されるのです。
2019年11月10日 週報より報告
【来会】
☆11月3日(日)沖縄教会の兄弟が久しぶりに礼拝に出席されました。沖縄教会に牧会者が就任するようにお祈りください。
【ドルカス会】
☆11月7日(木)ドルカス会で箴言の学びが行われました。その後、クリスマスカード作りが行われました。
【ピアノ】
☆11月8日(金)ご近所の方よりアップライトピアノを譲って頂きました。多目的室に設置しました。
【青年会】
☆11月9日(土)青年会及び青年キャンプ実行委員会が行われました。聖書のメッセージの後、青年キャンプ各担当のこれまでの報告と今後の予定を確認しました。青年以外の担当者も参加しました。
【祈り会】
☆11月6日(水)の祈り会より、ヨブ記のメッセージに入りました。「人は目に見える利益なしに、純粋に神を信じることができるのだろうか?」という問題提起がヨブ記全体に貫かれています。
【本日の予定】
☆礼拝後、婚約式を行います。
☆昼食後、聖餐式及び教会会議を行います。教会員はご出席ください。
【今後の予定】
☆11月17日(日)13時から日曜学校教師会を行います。
☆11月24日(日)昼食後、年末大掃除を行います。動きやすい服装をご用意ください。雑巾、古新聞の提供をお願いします。
この日の午後礼拝はお休みです。
☆11月3日(日)沖縄教会の兄弟が久しぶりに礼拝に出席されました。沖縄教会に牧会者が就任するようにお祈りください。
【ドルカス会】
☆11月7日(木)ドルカス会で箴言の学びが行われました。その後、クリスマスカード作りが行われました。
【ピアノ】
☆11月8日(金)ご近所の方よりアップライトピアノを譲って頂きました。多目的室に設置しました。
【青年会】
☆11月9日(土)青年会及び青年キャンプ実行委員会が行われました。聖書のメッセージの後、青年キャンプ各担当のこれまでの報告と今後の予定を確認しました。青年以外の担当者も参加しました。
【祈り会】
☆11月6日(水)の祈り会より、ヨブ記のメッセージに入りました。「人は目に見える利益なしに、純粋に神を信じることができるのだろうか?」という問題提起がヨブ記全体に貫かれています。
【本日の予定】
☆礼拝後、婚約式を行います。
☆昼食後、聖餐式及び教会会議を行います。教会員はご出席ください。
【今後の予定】
☆11月17日(日)13時から日曜学校教師会を行います。
☆11月24日(日)昼食後、年末大掃除を行います。動きやすい服装をご用意ください。雑巾、古新聞の提供をお願いします。
この日の午後礼拝はお休みです。
2019年11月3日 コリント人への手紙第一 -神の栄光を現しなさい-
あなたがたは、代価を払って買い取られたのです。ですから自分のからだをもって、神の栄光を現しなさい。
Ⅰコリント6:20
講解説教№29
Ⅰコリント6章19-20節
クリスチャンのからだは、聖霊の宮であり、自分自身のものではないとパウロは重要なことを語ります。「宮」は神殿の聖所で、神の臨在される神聖な場所を指します。私たちのからだが宮であるとするのは、神から受けた聖霊のゆえです。なぜ自分のからだが自分自身のものではないのかは、「代価を払って買い取られたからだ」と説明しています。買い取られたのであれば、それはその方の所有になるのは当然のことです。ここで私たちが知らなければならない聖書の真理は、自分のからだが自分のものではないことと、何の代価をもって払われたかということです。その代価はイエスキリストです。「この方にあって私たちは、その血による贖い、罪の赦しを受けています…」とパウロはローマ1章7節で語っています。十字架の赦しです。故意にも不意にも罪を犯し、あるべき姿になることが出来ず、果たすべき義務を果たせない罪を犯し続ける者を、神はどうして赦すことが出来るのでしょうか?ダビデも「不法を赦され…主が罪を認めない人」の幸いを歌っています(詩篇32)。その神の「赦す」は「神の記憶から消し去られる」ことを意味します。消し去るのですから思い出して責めることができないのです。一点の罪も見逃すことの出来ないお方が、赦すことができたのは、ご自分のひとり子に人類のすべての罪を負わせたからです。それが十字架刑であり、ただ死ねば良かったわけではありません。肉体苦痛と精神的苦痛を必要以上に味合わせ、恥をさらしながら死んでいくことが十字架刑の目的です。その十字架から、私たちが負わせた罪がどれほど重く赦し難いものであったかがわかります。そして、こんな罪人なのに、「どうしても救いたい」という神の愛がわかります。このようにして買い取られた自分のからだをもって、喜んで神の栄光を現したいのです。
Ⅰコリント6:20
講解説教№29
Ⅰコリント6章19-20節
クリスチャンのからだは、聖霊の宮であり、自分自身のものではないとパウロは重要なことを語ります。「宮」は神殿の聖所で、神の臨在される神聖な場所を指します。私たちのからだが宮であるとするのは、神から受けた聖霊のゆえです。なぜ自分のからだが自分自身のものではないのかは、「代価を払って買い取られたからだ」と説明しています。買い取られたのであれば、それはその方の所有になるのは当然のことです。ここで私たちが知らなければならない聖書の真理は、自分のからだが自分のものではないことと、何の代価をもって払われたかということです。その代価はイエスキリストです。「この方にあって私たちは、その血による贖い、罪の赦しを受けています…」とパウロはローマ1章7節で語っています。十字架の赦しです。故意にも不意にも罪を犯し、あるべき姿になることが出来ず、果たすべき義務を果たせない罪を犯し続ける者を、神はどうして赦すことが出来るのでしょうか?ダビデも「不法を赦され…主が罪を認めない人」の幸いを歌っています(詩篇32)。その神の「赦す」は「神の記憶から消し去られる」ことを意味します。消し去るのですから思い出して責めることができないのです。一点の罪も見逃すことの出来ないお方が、赦すことができたのは、ご自分のひとり子に人類のすべての罪を負わせたからです。それが十字架刑であり、ただ死ねば良かったわけではありません。肉体苦痛と精神的苦痛を必要以上に味合わせ、恥をさらしながら死んでいくことが十字架刑の目的です。その十字架から、私たちが負わせた罪がどれほど重く赦し難いものであったかがわかります。そして、こんな罪人なのに、「どうしても救いたい」という神の愛がわかります。このようにして買い取られた自分のからだをもって、喜んで神の栄光を現したいのです。
2019年11月3日 週報より報告
【先主日】
☆10月27日(日)鹿毛愛喜先生ご家族をお招きしました。礼拝及び午後礼拝で説教の奉仕をしてくださり、午後には青年キャンプ主催に向けての交わりの時を持ちました。
☆10月26日(土)、27日(日)井口牧師夫妻とかのん姉は歌の森教会に招かれました。婦人修養会では「子育てについて」、伝道集会では、「キリストの赦し」とのテーマで説教奉仕をしました。お祈りを感謝します。
【本日の予定】
☆13時から伝道委員会を行います。
☆14時から午後礼拝を行います。ガラテヤ人への手紙の講解説教、5回目です。
☆午後礼拝後、クリスマスに向けての聖歌隊の練習を行います。
【今後の予定】
☆11月7日(木)10時30分からドルカス会で聖書の学びを行います。
☆11月9日(土)10時から青年キャンプ実行委員会を行います。青年以外の担当者もご参加ください。最初の30分は礼拝を行います。10時30分から打合せとなります。
☆11月10日(日)礼拝後、有本悟兄と小宮山歩師の婚約式を行います。
☆11月10日(日)13時30分から聖餐式及び教会会議を行います。各部・委員会の代表者は9日(土)までに、必要に応じ報告事項、予定事項を牧師までお知らせください。
☆11月17日(日)13時から日曜学校教師会を行います。
☆11月24日(日)昼食後、年末大掃除を行います。この日の午後礼拝はお休みです。
【フェローシップ】
☆香港の吉田正治宣教師、バングラデシュの富岡昌宣教師より、宣教レポートが届いています。
☆10月27日(日)鹿毛愛喜先生ご家族をお招きしました。礼拝及び午後礼拝で説教の奉仕をしてくださり、午後には青年キャンプ主催に向けての交わりの時を持ちました。
☆10月26日(土)、27日(日)井口牧師夫妻とかのん姉は歌の森教会に招かれました。婦人修養会では「子育てについて」、伝道集会では、「キリストの赦し」とのテーマで説教奉仕をしました。お祈りを感謝します。
【本日の予定】
☆13時から伝道委員会を行います。
☆14時から午後礼拝を行います。ガラテヤ人への手紙の講解説教、5回目です。
☆午後礼拝後、クリスマスに向けての聖歌隊の練習を行います。
【今後の予定】
☆11月7日(木)10時30分からドルカス会で聖書の学びを行います。
☆11月9日(土)10時から青年キャンプ実行委員会を行います。青年以外の担当者もご参加ください。最初の30分は礼拝を行います。10時30分から打合せとなります。
☆11月10日(日)礼拝後、有本悟兄と小宮山歩師の婚約式を行います。
☆11月10日(日)13時30分から聖餐式及び教会会議を行います。各部・委員会の代表者は9日(土)までに、必要に応じ報告事項、予定事項を牧師までお知らせください。
☆11月17日(日)13時から日曜学校教師会を行います。
☆11月24日(日)昼食後、年末大掃除を行います。この日の午後礼拝はお休みです。
【フェローシップ】
☆香港の吉田正治宣教師、バングラデシュの富岡昌宣教師より、宣教レポートが届いています。
2019年10月27日 ダビデの確信
ついで、ダビデは言った。「獅子や、熊の爪から私を救い出してくださった主は、あのペリシテ人の手からも私を救い出してくださいます。」サウルはダビデに言った。「行きなさい。主があなたとともにおられるように。」
Ⅰサムエル17:37
サムエル記第一17章31-40節
「私たちの負いめをお赦しください。私たちも、私たちに負いめのある人たちを赦しました。」
(マタイ6:12)「主の祈り」の5番目の祈りです。この祈りで考えなければならないことは、前半と後半の関係です。主に罪を赦していただくことと、誰かの罪を赦すことがどういう関係にあるのかということです。このみことばを読むとき、或いは実際にこのことばを引用して祈る時に、気になるのは「赦しました」と過去形で言い切っている所です。その部分は正直なところ、少し躊躇します。文語訳だと、「我らがゆるすごとく、我らの罪をもゆるしたまえ」となり、誰かの罪を赦すことが、自分の罪が赦される条件のように聞こえます。イエスのたとえ話の中にも「…私がおまえをあわれんでやったように、おまえも仲間をあわれんでやるべきではないか」 また、「あなたがたもそれぞれ、心から兄弟を赦さないなら、天の私の父も、あなたがたに、このようになさるのです」(マタイ18:33,35)とやはり、赦すことが赦されるための条件のように聞こえます。もしそうだとすると、信じる信仰のみの、神の無条件の赦しの教えに反します。この祈りの真意は、キリストの赦しと人を赦すことは必ず調和しているということです。キリストの赦しを受け入れる人は、必ず人を赦すことが出来るのです。「父よ。彼らをお赦しください。彼らは自分で何をしているのかわからないのです」(ルカ23:34)との十字架上の至高の赦しをもって、私たちの罪は完全に赦されているのです。それを信じて受け入れている者に、必ず他者への赦しが伴うのです。人を赦すとき、特に信仰を共にする兄弟を赦すときに苦しむことがあるかもしれません。苦しみながらもキリストに向かっているならば、その人は十字架の赦しを本心から知る尊い訓練の時となります。
Ⅰサムエル17:37
サムエル記第一17章31-40節
「私たちの負いめをお赦しください。私たちも、私たちに負いめのある人たちを赦しました。」
(マタイ6:12)「主の祈り」の5番目の祈りです。この祈りで考えなければならないことは、前半と後半の関係です。主に罪を赦していただくことと、誰かの罪を赦すことがどういう関係にあるのかということです。このみことばを読むとき、或いは実際にこのことばを引用して祈る時に、気になるのは「赦しました」と過去形で言い切っている所です。その部分は正直なところ、少し躊躇します。文語訳だと、「我らがゆるすごとく、我らの罪をもゆるしたまえ」となり、誰かの罪を赦すことが、自分の罪が赦される条件のように聞こえます。イエスのたとえ話の中にも「…私がおまえをあわれんでやったように、おまえも仲間をあわれんでやるべきではないか」 また、「あなたがたもそれぞれ、心から兄弟を赦さないなら、天の私の父も、あなたがたに、このようになさるのです」(マタイ18:33,35)とやはり、赦すことが赦されるための条件のように聞こえます。もしそうだとすると、信じる信仰のみの、神の無条件の赦しの教えに反します。この祈りの真意は、キリストの赦しと人を赦すことは必ず調和しているということです。キリストの赦しを受け入れる人は、必ず人を赦すことが出来るのです。「父よ。彼らをお赦しください。彼らは自分で何をしているのかわからないのです」(ルカ23:34)との十字架上の至高の赦しをもって、私たちの罪は完全に赦されているのです。それを信じて受け入れている者に、必ず他者への赦しが伴うのです。人を赦すとき、特に信仰を共にする兄弟を赦すときに苦しむことがあるかもしれません。苦しみながらもキリストに向かっているならば、その人は十字架の赦しを本心から知る尊い訓練の時となります。
2019年10月27日 週報より報告
【聖書講演会の祝福】
☆10月27日(日)キッズクラス・ジュニアクラス合同の聖書講演会が近隣の公園で行われました。近所の方々が参加しました。
☆26日(土)に引き続き、27日(日)の二回の聖書講演会に新来者の方が参加されました。
☆特別献金は2万7千円(4件)が献げられました。
【本日の説教者】
☆本日の説教者は港北ニュータウン聖書バプテスト教会副牧師の鹿毛愛喜先生です。2020年青年キャンプの説教を引き受けてくださり、本日もキャンプテーマである「確信」に関連する説教をしてくださいます。ご家族は奥様のちひろ先生、みわざちゃん5歳、栄臣(えいじ)君3歳、みふみちゃん1歳です。詳しい紹介は別紙をご覧ください。
【牧師夫妻】
☆昨日から井口牧師夫妻は歌の森聖書バプテスト教会で伝道集会及び修養会の説教奉仕です。25日(金)北陸新幹線が運転を再開し、昨日、無事富山駅まで向かうことが出来ました。かのん姉が同行しています。帰宅は28日(月)です。
【本日の予定】
☆13時から、青年キャンプに向けて愛喜と交わりの時を持ちます。青年以外の兄姉もご参加ください。礼拝堂で行います。
☆14時から午後礼拝を行います。午前に引き続き、愛喜先生に語って頂きます。
☆本日の聖歌隊はありません。
【今後の予定】
☆11月10日(日)礼拝後、婚約式を行います。
☆11月9日(土)10時から青年キャンプ実行委員会を行います。青年以外の担当者もご参加ください。最初の30分は礼拝を行います。10時30分から打合せとなります。
☆11月10日(日)13:30から聖餐式及び教会会議を行います。
【フェローシップ】
☆宣教クォータリー、ボイスが届いています。
☆10月27日(日)キッズクラス・ジュニアクラス合同の聖書講演会が近隣の公園で行われました。近所の方々が参加しました。
☆26日(土)に引き続き、27日(日)の二回の聖書講演会に新来者の方が参加されました。
☆特別献金は2万7千円(4件)が献げられました。
【本日の説教者】
☆本日の説教者は港北ニュータウン聖書バプテスト教会副牧師の鹿毛愛喜先生です。2020年青年キャンプの説教を引き受けてくださり、本日もキャンプテーマである「確信」に関連する説教をしてくださいます。ご家族は奥様のちひろ先生、みわざちゃん5歳、栄臣(えいじ)君3歳、みふみちゃん1歳です。詳しい紹介は別紙をご覧ください。
【牧師夫妻】
☆昨日から井口牧師夫妻は歌の森聖書バプテスト教会で伝道集会及び修養会の説教奉仕です。25日(金)北陸新幹線が運転を再開し、昨日、無事富山駅まで向かうことが出来ました。かのん姉が同行しています。帰宅は28日(月)です。
【本日の予定】
☆13時から、青年キャンプに向けて愛喜と交わりの時を持ちます。青年以外の兄姉もご参加ください。礼拝堂で行います。
☆14時から午後礼拝を行います。午前に引き続き、愛喜先生に語って頂きます。
☆本日の聖歌隊はありません。
【今後の予定】
☆11月10日(日)礼拝後、婚約式を行います。
☆11月9日(土)10時から青年キャンプ実行委員会を行います。青年以外の担当者もご参加ください。最初の30分は礼拝を行います。10時30分から打合せとなります。
☆11月10日(日)13:30から聖餐式及び教会会議を行います。
【フェローシップ】
☆宣教クォータリー、ボイスが届いています。
2019年10月20日 聖書講演会(第二回)ー大丈夫ー
そして人々に言われた。「どんな貪欲にも注意して、よく警戒しなさい。なぜなら、いくら豊かな人でも、その人のいのちは財産にあるのではないからです。」
ルカ12:15
ルカ12章13-21節
イエスのたとえ話から、ある金持ちの安心プランが語られました。金持ちである上に畑が豊作、貯蓄スペースを拡大し、自分のすべての財産をしまっておこうと。ところがある夜、彼のいのちが神から取り去られました。このたとえのポイントは「いくら豊かな人でも、その人のいのちは財産にあるのではない」ということです。聖書が「いのち」というとき、2種類あります。神のいのち(ゾーエー)と人間的いのち(プシュケー)です。神のいのちは霊的ないのち、生きる力を与える根源的ないのちです(15節で使用)。人間的いのちは人の肉体的、精神的な意味でのいのちです(19,20節の「たましい」がそれ)。人間的いのちのために、食事をし、睡眠をとり、運動したり、楽しんだり、学んだりします。財産はこのいのちのために使うわけです。その財産が人の安心を保障すると思うので、多くの人は必要以上にこれを求めるのです。それを貪欲と言います。神のいのちは、この世の財産によって豊かにすることはできません。財産を蓄えても死んでしまえば、その財産はその人にとって何の関係もなくなります。金持ちの問題はプランそのものではなく、いのちを自分の所有と勘違いしたことです。いのちの所有は、突如として取り去った神にあるのです。自らの安心と確かさのために生活を営んでも、神のいのちを認めないなら、何の備えにもなりません。肉のいのちを取り去られて終わりです。神のいのちがあるから、人は愛するかかわりを求めて生きるのです。或いは生きる意味といった永遠を思いながら生きるのです。神のいのちを持つ人は失われるものは何一つありません。より豊かに生きるのです。神のいのちがなければ全世界を手に入れても安心は得られません(マタイ16:26)。神のいのちはイエスキリストを信じることで与えられます(ヨハネ3:16)。
ルカ12:15
ルカ12章13-21節
イエスのたとえ話から、ある金持ちの安心プランが語られました。金持ちである上に畑が豊作、貯蓄スペースを拡大し、自分のすべての財産をしまっておこうと。ところがある夜、彼のいのちが神から取り去られました。このたとえのポイントは「いくら豊かな人でも、その人のいのちは財産にあるのではない」ということです。聖書が「いのち」というとき、2種類あります。神のいのち(ゾーエー)と人間的いのち(プシュケー)です。神のいのちは霊的ないのち、生きる力を与える根源的ないのちです(15節で使用)。人間的いのちは人の肉体的、精神的な意味でのいのちです(19,20節の「たましい」がそれ)。人間的いのちのために、食事をし、睡眠をとり、運動したり、楽しんだり、学んだりします。財産はこのいのちのために使うわけです。その財産が人の安心を保障すると思うので、多くの人は必要以上にこれを求めるのです。それを貪欲と言います。神のいのちは、この世の財産によって豊かにすることはできません。財産を蓄えても死んでしまえば、その財産はその人にとって何の関係もなくなります。金持ちの問題はプランそのものではなく、いのちを自分の所有と勘違いしたことです。いのちの所有は、突如として取り去った神にあるのです。自らの安心と確かさのために生活を営んでも、神のいのちを認めないなら、何の備えにもなりません。肉のいのちを取り去られて終わりです。神のいのちがあるから、人は愛するかかわりを求めて生きるのです。或いは生きる意味といった永遠を思いながら生きるのです。神のいのちを持つ人は失われるものは何一つありません。より豊かに生きるのです。神のいのちがなければ全世界を手に入れても安心は得られません(マタイ16:26)。神のいのちはイエスキリストを信じることで与えられます(ヨハネ3:16)。
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