2013年1月20日 使徒の働き-キリストを信じるとはー

そこで私が答えて、『主よ。あなたはどなたですか。』と言うと、その方は、『わたしは、あなたが迫害しているナザレのイエスだ。』と言われました。

使徒22:8

講解説教No.75
使徒の働き 22:3-10
 
 皆さんはどのようにしてキリストを信じることができたのですか?

 初めからキリストに属している人はいません。どこかで信じる瞬間があるのですが、パウロの場合はどうでしょう?彼ほど博学な人はいません。聖書にも精通していました。しかしそれが信じるきっかけではありません。人生の悩みや苦しみでもありません。彼は自分の信じるところをまっしぐら!充実していました。パウロがキリストを信じることができたのは、直接キリストにお会いしたからです(8)。最も否定し、憎んでいた相手に遭遇したため、彼の大胆な信念、生き方そのものをくつがえされてしまいました。

 人がキリストを信じる、というとき、何を根拠に信じると言えるのでしょうか?事実かどうかわからないものを信じることなどできません。その事実確認をするのは自分ですが、そもそも自らが正しく事実確認ができるのでしょうか?博学なパウロを見てもできていません。実は自らがキリストを確認することはできないのです。キリストの側から会ってくださらない限り決してわかりません。そのためには、聖書の正しい知識が必要です。その上で主と会うのです。これを邪魔するものは無知と不信仰です。「会う」という部分は、どんなに優れた言葉で説明しても伝え切れるものではありません。キリストに会うと、大きな変化が伴います。「どうしたらよいのでしょうか?」と尋ねる自分がいます。自分の歩んできた道も、自分自身も知らず、万物の創造者、罪からの救い主も知らなかったわけですから、そうたずねるほかありません。その人は幸いです。主はただちに救いの道を示し、こたえてくださいます。あなたはキリストにお会いしましたか?