2015年5月24日 ルカの福音書 -主を認めない人々-

では、この時代の人々は、何にたとえたらよいでしょう。何に似ているでしょう。
ルカ7:31

講解説教No.31
ルカ7章24-35節

 聖書にある神のメッセージは救いをもたらす希望にあふれたメッセージです。しかしすべてがそうではありません。同じ神のメッセージとして、旧約の預言者は自国イスラエルが滅びると語らなければならないこともありました。きょうのテキストにおいても、決してイエスを信じようとしない人々のことをメインに語っておられます。それは自分に都合よく動く群衆を指しています。彼らはヨハネを慕ってヨルダン川に集まりましたが、単なる預言者としか見なさず、主イエスを指し示す特別な預言者とは受け止めませんでした。神の計画の中のヨハネを受け止めなかったのですから、結局イエスキリストをも信じていなかったことになります。ユダヤの指導者たちもヨハネのバプテスマを拒み、人々を救うために計画された神を拒んだということになります。イエスは「この時代の人々を」市場にすわっている子どもたちにたとえました。親たちの買い物の最中、広場で子どもたちが皆いるわけです。皆で遊ぶために誰かが笛を吹いて呼びかけるのですが、それぞれがしたいことを勝って気ままに行っています。この時代の人々はヨハネのメッセージもイエスのメッセージも勝って気ままに拒否しているとの指摘です。質素に暮らすヨハネを悪霊につかれたと言い、取税人、罪人を受け入れるイエスを大酒のみと言うのです。彼らは決してそのメッセージの真意を汲み取らず、ただイエスを信じない口実を見つけようと懸命です。そういう人たちが沢山いる中で「だが、知恵(キリスト)の正しいことは、そのすべての子どもたち(弟子たち)が証明します。」子どもたちとは私たちのことです。大部分がキリストを拒否しても、私たちが愛と献身に満ちた生活を送ることで、イエスの教えの正しさを証明していくことになります。