ですから、あなたがたは、神の力強い御手の下にへりくだりなさい。神が、ちょうど良い時に、あなたがたを高くしてくださるためです。
Ⅰペテロ5:6
講解説教No.27
Ⅰペテロ5章6~7節
ペテロは読者たちに「神の力強い御手の下にへりくだりなさい。」と勧めます。「神の力強い御手」は旧約聖書によく出て来る表現です(出エジプト13:9,申命記3:24,9:26)力強い神の御手とは、『もし民が神の導きをへりくだって受け入れるならば、力強い神の御手が民の上にある』という考えが背後にあります。ペテロはそれを意識してその言葉を使ったのでしょう。エジプトに売られたヨセフは、自分のことを抹殺しようとした兄弟たちに次のように言っています。「あなたがたは、私に悪を計りましたが、神はそれを、良いことのための計らいとなさいました。それはきょうのようにして、多くの人々を生かしておくためでした。」(創世記50:20)私たちの人生の中にも心に整理し切れない事柄もあるでしょう。しかし私たちはそのような人生経験を決して恨みません。なぜなら神の力強い御手が私たちの行く先々のかじを取ってくださることを知っているからです。
また神はちょうど良い時に私たちを高くしてくださいます。「ちょうど良い時」とは「かの日」すなわちキリストの再臨の時のことです。その日へりくだった私たちを間違いなく高くしてくださいます。
神が高くしてくださることを信じる人は、生活の思い煩いを神のお任せ出来る人です。エジプトに売られたヨセフはある時をきっかけに、一切の思い煩いを神に任せるようになりました(創世記40:9-41:1)思い煩っている時というのは力強い神の御手を認めていない時です。私たちは自分の考え通りに事が進まないと思い煩います。聖書はそれをいったい神に委ねよと勧めているのです。どうしたら委ねることが出来るでしょうか?それは神があなたのことを心配してくださっていることを知ることです。神があなたに心を使ってくださっているなら、不利になるはずがないのです。ですから信じましょう。神が高くしてくださること、心にかけてくださっていることを。