2022年5月15日 説教テーマ 爆発的な喜び

そればかりでなく、私たちのために今や和解を成り立たせてくださった私たちの主イエス・キリストによって、私たちは神を大いに喜んでいるのです。 ローマ5:11 ローマ人への手紙5章9-11節 №29 パウロは、患難の中にいても爆発的に喜んでいることができることを教えています。前回の教えは、聖霊によって私たちの心に神の愛が注がれているから、天における永遠の希望を抱き続けることができるというものでした。神の愛の出来事としてのイエスの十字架という信仰の最も基本的なところに立ち戻らせ、その愛が私の中に確かに実在していることを分からせようとしています。「キリストの血によって義と認められた私たちが、彼によって神の怒りから救われるのは、なおさらのことで(9節)とは、私たちを子にしようと流されたキリストの血、つまり神に愛され、父が子と交わるようにしてくださったのだから、怒りから救われるのは当然と言っているのです。父なる神が子どもを愛し助けるから心配するなという話をしています。10節も「もし敵であった私たちが、御子の死によって神と和解させられたのなら、彼のいのちによって救いにあずかるのは、なおさらのことです」と「和解」という言葉を使って、9節の主旨を言い換えています。かつては神の敵が、キリストの死によって神と和解したのです。それは神が私たちを「ご自分の子にしようと」されたからです(エペソ 1:5-7)。私たちは神との関係が根本的に変わったことをリアリティをもって知らなければなりません。放蕩息子のたとえでも、息子の罪によって不和状態だったのが、父の変わらぬ愛により、息子が悔い改めたとき、「死んでいたのが生き返り、いなくなっていたのが見つかった」と、そのかけがえのない父子の関係を喜んだのです(ルカ 15:32)。これらの教えの結論が 11節です「…私たちのために今や和解を成り立たせてくださった私たちの主イエスキリストによって、私たちは神を大いに喜んでいるのです」「神が何かを与えてくださったことを喜ぶのでも、困難なときの神の助けを喜ぶのでもなく、神ご自身を大いに喜ぶのです。大迫害に突入するローマ諸教会の兄姉たちに必要なのは子が父である神を喜ぶ爆発的な喜びです。イエスを信じて義と認められ、すでに神との平和を持っているのですから、私たちも神を大いに喜びましょう。その幸いの中にとどまりましょう。