2020年5月17日 ー危機状況に備える(1)ー

彼らは、イエスに質問して言った。「先生。それでは、これらのことは、いつ起こるのでしょう。これらのことが起こるときは、どんな前兆があるのでしょう。」                           
ルカ21:7


ルカの福音書 21章5-11節

 この世界には終わりがある、それが聖書の基本的な教えです。創造主の御手によって始まった世界は、同じ神がこの世界をそのわざによって終わらせます。確かな目的のある世の始まりと終わりを見つめて生きる信仰をイエスは教えています。エルサレム神殿の素晴らしさを称えていた人々をきかっけに、イエスはその神殿が崩されることを預言されました(5,6)。ヘロデ政権時代に贅沢の限りを尽くして改築された神殿はAD70年に敵の手によって完全に崩壊しました。イエスが仰せになりたいことは世の終わりです。神殿崩壊は予表(前兆)に過ぎません。しかし、そこには象徴的な意味が含まれています。崩壊はユダヤ人の生活、文化、伝統、生きる支えの崩壊です。イエスは世の終わりの前兆の一つに、「疫病」があることを語っておられます。疫病とは「集団発生する伝染病のこと」です。まさに今の新型コロナウイルスにそのまま適用することができます。ウイルスそのものの恐怖、それによって生活の様々なものを奪って行く不安が多くの人々にあります。仕事が立ち行かなくなって自らの存在の価値を見失ってしまう人たち、また家庭の在り方に行き詰まる人たちも少なくありません。生きる支えの崩壊です。神殿崩壊に始まり、疫病、戦争、地震などは世の終わりの前兆に過ぎません。これを知らなければ恐怖でしょう。しかしそれは前兆であって「初めに必ず起こることです。」(9)イエスは世の終わりの前兆に対して、惑わされないように気をつけること、こわがってはいけないことを備えとして教えられました。しかし、それよりも前に、イエス(聖書)に熱心に尋ねることが、重要な備えです。弟子たちがイエスに尋ねていなければ、世の終わりの教えについて展開されていなかったのです。ルカ8章の「種まきのたとえ」を見ても、「このたとえがどんな意味かをイエスに尋ね」(8:9)なかったら、イエスからその真意を語ることはなかったでしょう。今の危機に、備えるべきことは色々あります。生活の確保、マスクや消毒の備え、ストレス生活のある中で心身のリフレッシュ、今後の生活プラン…。それらの前に、真剣に聖書に尋ねるという備えをしましょう。そうすれば、惑わされることなく落ち着いて生活できるでしょうし、いたずらにこわがることもありません。この危機状況に対して、聖書に尋ねず、考えないことが最大の危機です。